鏡オトコ

September 12, 2014

今年の夏は、昨年亡くなった祖母の一周忌があった。


その亡くなった祖母の話。


ワタシの家の玄関には姿見の鏡が置いてある。

全身は映らないものの、上半身がちょうど見えるくらいの大きさの鏡だ。

思春期の頃から現在に至るまで、出掛けやトモダチの集まりの前、買い物前やデート前、通学前や出勤前、数え切れないほどこの姿見で自分の姿を見てから外に出かけるということを繰り返している。


意識している異性と会う前、就職や入学試験の面接の前など、何度も何度も姿見で自分の姿を確認してから玄関を開けて外の世界へ出て行った。


自意識が芽生えてからというもの、この姿見は他者の目にさらされる前の自分の中の「他人の目にどう映るか?」「他人にどう見られるか?」を気にするという意味でのチェック機関となっている。


そんな姿見前のワタシの姿を見かけると、祖母はよくこう言った。



「そんなに鏡ばっかり見てね~っとも大丈夫だよ」



90歳過ぎまで生きた祖母の目には、男が鏡の前で髪型やら服装やら外見を気にしているのは滑稽に映っていたのかもしれない。

男が自分の見てくれを気にかけるなんて、男らしくない・みっともないと思っていたのかもしれない。


そう言われても、やっぱり姿見チェックを続ける孫を見て祖母は、



「いい男だよ~、好男子だよ~」


と言ったりもした。



ちなみに祖母は生まれつき目が悪く、晩年は片目の眼球を摘出したうえ、視力障害の障害者手帳を交付されていた。

父や兄とワタシの顔の区別がつかないとよく言っていた。。


上記のセリフは、


そんなに他人の目ばかりを気にしてないで、さっさと出かけて来なさい!
自意識過剰もいい加減にしなさい!


という祖母なりの叱咤激励か、ワタシを安心して出かけさせるための景気づけ(?)のセリフだったのかもしれない。


そう言われていても、姿見前で自分詣でを続ける孫に、しまいには祖母も呆れ、



鏡男。



というあだ名を頂戴することになった。




そんな祖母がこの世を去って一年が過ぎた。



ワタシは今も、姿見前に立ってから外出する日々を過ごしている。
 

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